父母のこと

父はどういう人だったのだろうか?
ときどき想う。
49歳の夏、亡くなった。
50歳に数日だった。
私は大学の2年生で、ちょうど帰省中だった。
朝、母が父の寝ている部屋に
私と妹、弟を呼んだ。
父の枕元へ座って数秒だったと思う。
ちちが私の方へ指をさし
「頼むぞ」と言った。
(後日、そう解釈したのかもしれない)
そして、そのまま亡くなった。
哀しいというより、何が起こったのか判らないままだった。
それからどうしたのか判らない。覚えていない。

父は不運の人だったように思う。
せっかく大学まで出て(明治学院)
夢の時間を見ようとしていたのに
戦争が始まって、
戦争が終わって
やむなく祖父の故郷へ帰って。
する仕事もなく、肥料の会社に勤めたが
肺結核に罹って。
療養をして、次は確か醤油味噌の会社に就職。
しかし、結核が再発。
サナトリウムに入って
出てきたけれどすることがなく。

そんな父の一生のほんの少しを
記憶をたどりながら書いてみよう。

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# by 08genki | 2017-06-25 10:20 | あの日、あの場所

今日はミラーの日

12月21日、
今日はミラーの日。

12:21なので・・・。
昔から数遊びが好きで
こんなこととか
便利計算とか
いつも考えていた。
25×25は
25をまず右において
2の次の数、3×2として6。
それを右に置いた25の前に。
625なんだよ・・・・。
こういう計算とか好きだった。

で、今日はミラーの日。
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# by 08genki | 2016-12-21 10:28 | あの日、あの場所

氏神様

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育った家はとても敷地の広い
庭もしっかりある家だった。
母屋があって、二階建ての離れがあって
その間に大きな馬小屋があった。
江戸時代は馬屋番であったのではないかと
曽祖父に尋ねたことがあった。
(曽祖父はなんて答えてくれたか覚えてない)

家の裏には畑があった。
たぶん一反ほど。
それら全体を竹藪が覆い
小学校との境界線になっていた。

母屋の裏には井戸があって
その横に氏神様が祀られていた。

いまは井戸は埋められ
キンカンの木が育っている。

この井戸の横の部屋が子供部屋で
高校生の頃は友人たちとのたまり場になっていた。
高校の帰りに悪い友人はたばこを喫いにきたものだ。

ワタシはセメントを固めた手作りバーベルで
運動をして過ごしていた。
肉体派ではなかったのに。
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# by 08genki | 2016-12-16 11:28 | あの日、あの場所

2つのケーキ

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誕生日のケーキを娘と息子が一個ずつ買ってきた。
こんなことは初めてである。
とてもうれしい。
誕生日をケーキに囲まれてうれしいと
思ったのは初めて。
歳のせいであろう。
しかし、来年からは家人と二人だけの誕生日?
そんなことをしきりに家人が言う。

息子は六月に結婚して家を出る。
娘も来秋にもそうらしい。

なんとも複雑でもある。

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# by 08genki | 2016-12-15 16:39 | 今日の一枚

誕生日

12月14日は誕生日である。
とうとう大台を超えてしまった。
大台とは、大台なのだ。
誕生日が来ると何かを始めたくなる。
でも、長続きしない。
今年はこうやってブログを書いている。
エッセイを書き続けようと考えているのだ。
いずれ?すぐに止めるだろうが
止めるまで続けたい。
坪内稔典の「ヒマ道楽」を読んでいて
今年はエッセイをと思ったわけだ。
エッセイにはぴりっとした視点がいる。
ピリッとしたい。
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# by 08genki | 2016-12-14 16:35 | あの日、あの場所

一枚の写真、ひとつの言葉、それは思い出のための記念写真のようなもの。
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